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金沢音楽制作

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88)和音分析の難しさ

和音分析とはその名の通り、楽曲の和音の種類や機能を分析するものであるが、これがかなり難しい。和音分析の難しさは、和音の決定不能性にある。和音に便宜的なコードネームをつけるだけならばさほど難しくはない。しかし、その機能を考え出すと、つまり和音記号を振るとなると、途端に難しくなるのが和音分析である。

和音と機能の決定は、言語学の連辞や連合の関係に似ていると思う。属七の和音は、主和音あるいはその代理に解決することで属七の和音と同定される。つまり、先行和音は後続和音によって同定され、その機能が識別可能となるのである。といっても、これはこうである、と言い切るのもやはり難しい。なぜならば、別の可能性も十分に考えられるからだ。たとえば、ベートーヴェン《交響曲 第一番 ハ長調》(ベト一)の冒頭四小節がそうである。

ベト一の冒頭四小節をコードネームで表記すると、| C7 F | G7 Am | D7 | G |とするのが自然だろう。さて、この一小節目のC7が大問題である。というのは、ハ長調でありながら、変ロの音が現れるからだ。ぼくはC7を、ヘ長調(下属調)の属七の和音であると分析している。和音記号を振れば、C:| iv/V7 IV | V7 VI | v/V7 | V |となる。しかし、冒頭のC7はハ長調(主調)の主和音である、と分析する人がいたとしても、全くおかしくはない。なぜならば、主和音が少し変化しただけ、とも考えることが可能だからだ。また、ぼくが所有するスタディスコア(音楽之友社、1957年)にて遠藤宏(1894-1963)は調を単位に俯瞰的な分析をしている(3頁)。

けれども驚く可きことは、ハ長調の交響曲の最初の和音が、ヘ長調の五度上の不協和音で始まることである。第二小節目はイ短調の不協和音、第三小節目はト長調の不協和音であって、第四小節目でやっとト長調に落ち付く。

和音分析が容易にできる曲はかなり少ないと思われる。たとえば、ブルグミュラーの《25の練習曲》ですら一筋縄ではいかない。『ブルグミュラー25の練習曲』(六島礼子、ショパン、2009年)は、和音分析がされた少し珍しい楽譜である。通常の五線譜の下部に和音記号が振られているというものだ。かなり細かく振られており、プロがやったことが分かる。だが、なぜこう分析になったのか分からない、と感じる箇所がいくつかある。中でも気になったのが、《Ave Maria》(27頁)の分析である。

《Ave Maria》の13〜16小節目の、前後を含めた12〜17小節目の分析をみると(丸括弧の中は付されたコードネーム)、A:| V(E) | iv/V7(A) | II(Bm) | IV(D) II6 | III(C#) | I(A) |と解釈されている。しかし、iv/V7からの和音記号の並びがかなり不自然だし、機能が全くわからない。おそらく相当悩んで和音記号を振ったに違いない。

もし、ぼくが同じところをを和音分析するならば、A:| V(E) | D:VII46(A7) | VI(Bm) | fis:IV6(Bm) | V(C#) | A:I(A) |とみる。ここの分析は、下属調とその平行調、和音外音(倚音)、そしてフリギア終止に気がつくかが肝である。ここに関しては、ぼくの読みの方が機能が明晰に表れており、優れていると思う。だが、これは分析者を非難しているわけではない。プロですら難しいし、判断が難しい場合がある、ということがいいたいのだ。

なんだか偉そうに色々と書いてしまったが、かく言うぼくも和音分析には相当悩まされたものである。たとえば、ドヴォルザークの《交響曲 第九番 ホ短調》の第二楽章(家路)のコラール風の序奏の和音分析には非常に苦戦した。臨時記号が多く、また移調楽器や異名同音と相まって読譜すらままならなかったからだ。実音によるコンデンススコアを作成してからも進まなかった。一応の分析はできているので、この記事でとりあげた他楽曲と共に、楽譜を用意してコラムにて公開したい。

2019-10-20


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