作曲・浄書・指導・音響

金沢音楽制作

金沢音楽制作では、楽曲・楽譜の制作と、作曲や写譜などレッスンを行っています。


本論は複数の記事を再編したものです。

音環境と音風景

2016年ごろ「保育園から発生する音は騒音ではないか。」という議論が多く行われた。このような議論が発生する理由の一つとして、音環境が重要視されてきていることが考えられるだろう。本論では、まず身近な音環境について考察する。そして音環境を構成するコンテクスト(脈絡・背景)を考察する事で、サンウドスケープへと展開する。それでは、身近な音環境から見ていこう。

私の音環境

音環境は、自分では良いと感じていても、他者には不満・不快に感じている場合がある。保育園の例がそうである。ある人は子供の声は騒音と捉えるが、別の人は、元気な子供の声が好きという場合があるだろう。だとすれば、改善と改悪は表裏一体だと考えるのが自然だろう。今回は私の経験を元に、音環境の改善と改悪を見てみよう。

鳥のさえずり

2013年中頃のことである。私の家に隣接していた民家が取り壊され、公園が設置された。また、同じ時期に隣接していた5階建てのビルも立て直しの為に取り壊された。そして、私の家に隣接する建物2つが同時に無くなった事により、私の音環境は大きく変化してしまった。

設置された公園

【設置された公園】

公園が設置された事によって、朝に鳥が集まるようになった。今では鳥のさえずりが朝の合図となっている。私はそのかわいらしい鳥のさえずりを気に入っている。しかし、隣人にとってはそうではないらしい。なんと、鳥の鳴き声がうるさくて仕方がないとのことである。というのもその隣人は、朝はゆっくりと寝ていたいのである。従って、鳥のさえずりは睡眠を妨害するノイズに聞こえるのである。

来客ベル

10代の頃の話である。私はとあるカレー屋でアルバイトをしていた。 私が働いていたお店は細長い敷地にあり、カウンターのみの小型店であった。お店のドアは手押し式で、ドアの内側上部に大きいベルを付いている。ドアが開くと、「カラン、カラン」とベルが店内に響く仕組みである。その合図によって私たち従業員はお客さんの来店を判断して「いやっしゃいませ」と声を出す。常にドアを見ている訳にはいかない従業員にとってこのベルは非常に便利な音であり、作業しながら来店が分かる優れものである。

ある日、お客さんから「ベルの音がうるさい」、「ゆっくりとカレーを食べたい」とうクレームが出てしまった。従業員の視点からは非常に便利なその音も、お客さんの視点では食事を邪魔するただの騒音に過ぎなかったのであった。このクレームをもってベルを撤去する事になったが、今度は「いつになったら注文聞きに来るんだ」とうクレームが発生してしまった。最終的にはべルの内部を加工して、あまり響かないようにすることで解決した。 

音との共存

以上、二つの音環境の例をみてきた。自分にとっては音環境が改善されたと思っても、他者から見れば改悪だったという事態が発生していたことが分かったと思う。音環境は公共的な領域でなく、非常に個人な領域とも考えられるだろう。音には必ずメリットとデメリットが存在する。私たちはこのメリットとデメリットをしっかりと考え、音と共存していかなければならないだろう。

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金沢の音風景

ここまで、私的な音環境を見てきた。次は街のような公共の場の音風景を見てみよう。私の住んでいる石川県金沢市は金沢城を中心とした城下町である。金沢は戦火を免れた事もあり古い街並みが残ってる。しかし、近代化の波で古い建物は取り壊され、新旧折衷の街へと変わってしまった。その新旧入り混じる城下町金沢ではどの様な音風景があるのだろうか。

北陸最大の繁華街

金沢市は、金沢城跡を中心として放射線状に街が発展している。金沢城の傍には名勝兼六園や、21世紀美術館などがある。そして、北陸最大の繁華街と言われてる片町と、竪町商店街がある。

竪町商店街は90年代には栄華を極めた。金沢市の若者だけではなく、北陸三県から若者が集まる、まさに若者の町であった。しかし、00年代に入ると状況は一転する。金沢駅周辺の再開発や、交通インフラが整い始め、徐々に人が減っていった。そして2013年現在では閑散とした商店街となってしまった。そんな人の少ない通りから聞こえてくるのは、大量のスピーカーを媒体としたBGMであった。

竪町にあるスピーカー

【竪町にあるスピーカー】

竪町商店街で流されるBGMには種類がある。昼は元気の良いポップスだが、夕方以降はジャズやクラシックといった少し静かな曲が流されている。BGMは、本来は雑踏の中で賑やかさを演出するなど、シナジー効果を狙ったものと考えるのが自然だろう。しかし、閑散とした商店街ではその元気の良いBGMは虚しく聞こえる。なお、竪町商店街のスピーカーは、景観を意識してかポールに組み込んである。それぞれのスピーカーから別々の音が聞こえるスーパーオーディオCDと呼ばれるものを使っているようである。商店街の端から端までに大量のスピーカーを設置して、立体的な音響環境を作る環境が用意されているが、活用できていないのが現状である。

兼六園と金沢城跡

そんな竪町から5分歩くと、兼六園にたどり着く。兼六園では売店やツアーガイドの活気が伝わってくる。兼六園には日本最古の噴水がある。この噴水は動力を使わずに高低差を利用する位置エネルギーを用いているのが特徴である。3.5mまで吹き上がった水が、水面に叩きつけられる「バチバチッ」という音は兼六園に響き渡っていた。噴水という人工物から発せられた自然の音は非常に印象に残る音であった。

兼六園から石川門を潜ると金沢城跡がある。残念ながら金沢城は焼失しており、現在は広場となっている。入口付近には観光向けに新しく作った城の一部があり、観光客で溢れ返っている。そこから奥へと進むと、雑木林や旧日本軍の施設などがある。そこでは、都会の音や、観光客の話声すら聞こえなくなる。風のざわめきや、虫の鳴き声、木の軋む音など、自然を媒体とした揺らぎのある音が存在した。しかし、現在は金沢新幹線の開通に合わせた施設を作る為に大規模な工事を行っている。揺らぎのある自然の音の向こうから、一定の律動を持った人工的な音が鳴り響いている。これは、同じ人工物と自然音の融合である兼六園の噴水とは対照的な意味を持った音であった。

梵鐘の鳴り響く町

時刻を知らせる合図の一つに鐘がある。そしてそれが設置してあるのは教会や寺院である。片町から10分程度歩くと、寺町と呼ばれる地区にたどり着く。その名前の通り寺院が密集しており、一帯を寺町寺院群と呼んでいる。

寺町の広見
【寺町の広見】

毎朝夕6時には梵鐘が様々な方向から鳴り響いている。中には誰でも撞ける鐘もあり、観光客が撞く風景も見られる。梵鐘の音は大きいが、低く、ゆっくりと鳴り響く。冬の寒い日では、私の家にまで梵鐘の音が微かに届いている気もする。

鐘の音は単なる時刻を知らせる合図だけではない。日本人のコミュニケーションの場が過去には寺院であったという事を私に思い出させてくれる音でもある。金沢にはこの様に寺院が集合した場所が他にいくつかある。江戸時代に一向一揆に備え、寺院群を形成したと言い伝えられている。

謡が振る町

金沢市には、東山ひがし(通称:ひがし茶屋街)と呼ばれる観光地がある。その、ひがし茶屋街の外れには主計町(かずえまち)と呼ばれる地域が存在している。その主計町を歩いていると、どこからともなく三味線や謡の音色が聞こえてきた。路地に響くその謡は、芸妓(げいぎ)たちが修行する稽古の音であった。稽古は主計町事務所の二階で行われているようである。金沢には「空から謡が降ってくる」という古い言葉あるが、東山もそれの外れてはいない。

稽古場の主計町事務所
【稽古場の主計町事務所】

主計町に響く芸妓の音だが、現在危機に瀕している。昭和33年に赤線が廃止されたのに従い芸妓が激減したためである。その後もどうにか運営していた。そこに少子高齢化の煽りを受けしまい、後継者となる人材がなかなか見つからなくなったのである。近年では芸妓の卵が見つかるだけで地方ニュースを飾るほどである。もし、芸妓がいなくなり、稽古の音がなくなれば、主計町の音風景はがらりと変わるだろう。その時に音を再現しても、音が本来持っていたはずの意味は失われたままなのである。

金沢の音

金沢は雑踏の中でも、少し移動すれば自然の音に迷い混む事ができるだろう。一つの音も良く聞いてみると、そこには単純な響きと物理現象を超えたもの、状況、環境、歴史などが聞こえてくるだろう。このような音を構成する要素を聞くことがサウンドスケープなのである。

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