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金沢音楽制作

金沢音楽制作では、楽曲・楽譜の制作と、作曲や写譜などレッスンを行っています。


164)!真面目で勤勉な日本人

新型コロナと東京オリンピックは、真面目で勤勉な日本人、というイメージをみごとに瓦解してくれた。日本という国は、人を騙すことでしか利益をあげることができない情けない人間の集合だということがよく認識できた。そして、搾取されるやつらは自己責任なのだ。このようなめちゃくちゃな論理がまかり通ってしまうのが日本という美しい国である。

「丸山眞男」をひっぱたきたい--31歳、フリーター。希望は、戦争。」、これは赤木智弘さんが『論座』2007年1月号に寄稿したセンセーショナルな論文だ。詳細はリンク先を読んでもらうとして、コロナ禍は、戦争ほどではないにしても、無事に明日を迎えられるか分からない状態であろう。だが、弱者にチャンスは訪れないし、弱者はより弱者になってしまった。流動化は起きず、先の見えない不安と苦しみだけがそこにある。

日本の未来に希望を持てない、と吐露したことがある。ぼくが小学生だった平成初期は希望に満ちあふれていたと思う。でも、はたして本当にそうだったのだろうか、と疑問を持つようになった。手塚治虫は漫画の中で、日本を後進国から資源や財産を搾取する醜悪な国として描いていた。手塚の日本像は、実際と大きく離れていなかったはずだ。そして、この構造は保たれつつ、現代の日本で公然と行われている自国民の労働者からの搾取にも重なってくる。

ぼくは、去年から様々な助成金を受けてきたが、その中で分かったことがある。この助成金ってやつは、体力のある事業者が「圧倒的」に有利なのだ。なぜならば、コロナ禍においてもある程度自由に使える資金がないと、助成金を利用することすらできないからだ。つまり、体力のある事業者がより強くなる。

助成金は、赤木さんの言葉でいえば「安定労働層」が一方的に利益を得るものだ。他方、ぼくのような弱小事業者、つまり「貧困労働層」は、利益よりも資金が目減りして、結果的により苦しい状態になってしまう(赤木は、資本家/労働者という単純な対立構造ではなく、調整弁としての貧困労働者層の存在を指摘する)。これを解決するには、助成金だけではなく給付金も用意するしかないと思うのだが、自助の国日本ではそれは許されないことだ。助成金で購入したものを転売して利益をあげている事業者も少なくないと想像する。負のサイクルである。

事業者は、どうやって規制をすり抜けよう。どうやって中抜きや横流し、ダンピングをしよう。このように人や組織を騙すことでしか、利益を作れない状態に陥ってしまったのではないか。その対象は給付金にまで及んだことは記憶に新しい(不正受給で得をしたのは入れ知恵をした税理士だろう)。もはや日本は何も生み出せないし、何も作り出せない国になってしまったのだろうか。それとも、犠牲の上で作り出してきていたのだろうか。いずれにせよ、希望なんかない。

表題の先頭に付されたエクスクラメーション「!」は、プログラミングにおいて論理演算の否定を意味する。つまり、真偽が反転する。

2021-04-26