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金沢音楽制作

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121)Blackadder Chord?

細かく解釈しすぎではないか、と思う。細部を見るのも大切だが、対象から距離をとって広く全体を見るのもまた重要である。ブログでは譜例(画像)を使わないので、少し長い文章になってしまった。

Blackadder Chord(以下、Blk)と呼ばれる和音を知った。和音構成音は、ハ長調の場合で[Ges As C E]というものである。この増6和音(後述する)にも似た不思議な和音は、日本のアニメ作品の主題歌において巧みに使われているそうだ。このようにBlkは、主として日本のアニメ作品に表れる和音でかつ増6度和音に似ていることから、「日本の六(Jp+6)」とも呼ばれるようだ。

「日本の六」という命名とその用法は、Atelier Joshua(@joshuataipale)という人のツイートが嚆矢のようだ。以下に引用と意訳を示す(@joshuataipale、2019年2月18日)。なお、「イキスギコード」というのは、ゆゆうたという人気ある演奏系YouTuberが命名した和音名のようだが、YouTuberは全く見ないので詳細は分からない。

Regarding the "Blackadder" ("Ikisugi") Chord, I'd like to propose a formal name more fitting for analysis: "Japanese Augmented 6th" (abbreviated "Jpn+6" or "Jp+6"). Here, I've shown the prototypical example. Resolves to major or minor chord a semitone below, usually IV.

「Blackadder Chord(イキスギコード)」について、和音分析に適した名称として「Japanese Augmented 6th」(略称:Jpn+6、Jp+6)を提案したいと思います。ここに典型的な使用例を示しました([C > Ab/Gb > F]というコード進行が提示されている)。この和音(Ab+/Gb = Jp+6)は、通常、半音下のIV度の和音に解決します。

さて、Blkの和音構成音は、ハ長調で[Ges As C E]であった。これを属7の和音(5度上方変位)にみえるよう[As C E Ges]と並べ替えてみても、これがFコードに解決するというのは少し疑問である(なくはない)。何が言いたいかというと、Blkを増6和音と同列に語るのは厳しい、ということである。なぜならば、併記されていたコード進行では、[C > Ab/Gb > F]と、Blkの構成音が増6和音に類似しているにもかかわらずIV度の和音に解決するからである。どういうことか(着眼点は非常に面白く、増26の和音とでもいうべきか)。

Blkと増6和音の関係をよく理解するために、まずは増6和音について説明したい。増6和音とは、属調の属九の和音(準固有和音)が根音省略や5度下方変位して変化したもので、かつ後続和音に主調の属和音が設置されたものを指す。したがって、後続和音が属和音でなくかつ属和音が変化していないものは、増6度和音ではない、ということになる(対偶的には真であるが、解釈の一つでしかないので、論理学的に峻別するものでもないだろう)。

この増6和音とは総称であり、主として3種類の和音がある(『ニューグローヴ世界音楽大事典』10巻、41頁)。まず三和音の増6の和音(イタリアの六)、そして四和音の増56の和音(ドイツの六)と増346の和音(フランスの六)である(付記した「〇〇の六」という呼称に必然性があるとは思えない)。このうち、増56の和音はすこし特別な存在である。

増56の和音が特別というのは、異名同音で属7の和音に読み替える事が可能だからだ。その場合は、主音の短2度上の長和音であるナポリの和音に解決する。コード進行をハ長調で示すならば[Ab7 > Db]となるが、もはや増56の和音というよりもナポリ調の属7の和音(nV7)であろう。しかしである、ということは、属7の和音もまた増56の和音に読み替えることが可能ということである。つまり、属7の和音から、半音下の和音に解決することが理論的に許可されるのだ。たとえば、[C > G7(増56) > F#7]といったコード進行である。増56の和音の挙動が、ポピュラー・ハーモニーでいう「裏コード」と相似していることが分かるだろう。

以上のように、増6和音は、属調の属和音が変化したものであり、かつ後続和音は主調の属和音であることが要請される。では、再び譜例で示されたBlkを見てみよう。Blkの後続和音はIV度の和音であった。このIV度の和音に解決する増6和音(増56)を考えてみる。IV度の和音はFコードで、その半音上が増56の和音にあたるから、その構成音を属7の和音で表すと[Ges B Des Fes]である。一方でBlkの和音構成は、[As C E Ges]であった。この二つ和音の構成音を対照させると、共通する音は、GesとE(Fes)の二つだけであり、このうちEは5度上方変位である。これでは類似した和音といえないだろう(相対的な構造は類似している)。そして、もしBlkが増56の和音に類似させて解決するのであれば、Asの半音下のGコードに解決するのが自然だろう。

では、Blkはなんなのだろうか。考えられるのは、Blkは元来単なる増三和音でかつ和声の一部であった、という推測である。というのも、Blkの実例を耳で聞いてみると、ただの増三和音として使っているだけのように聞こえるからだ。Blkを異名同音で読み替えると、[C E Ges Gis]となり、減5度と増5度の両方を含んだ和音になる。これは、I度の和音の5度上方変位と5度下方変位が同時になされていると見ることができるだろう。しかし、一部だけにこの和音を使ったのでは統一性に問題がある。だとすれば、5度下方変位であるGes(あるいはFis)がバスに表れたのは、それが経過音や刺繍音といった転移音であった可能性があるだろう。つまりこれは、持続する分割できない和声のフレーズから、垂直の響きを断片的に切り取り、形骸化したことでBlkとなったのではないか、という「推論」である。

たとえば、ドビュッシーの《デルフィの舞姫たち》の出だしをコードネームで表記すると「Bb > Eb(aug)/G > F(aug) > Bb」となるだろう。コードネームからは伝わらないが、これらの増三和音は、横に流れるなめらかな線で構成されている。 また、『007』の《James Bond's Theme》の有名なイントロは、旋律線が「H C Cis C H」と漸次的に変化していく。だがこれは「Em > C/E > C#(b5)/E > C/E > ...」というコード進行をしている訳ではない。コードは一貫してEmであり、その5度音が半音音階によるクリシェで変化しているのである。これらは、持続する分割できない連続した一つのものとして認識するものだ。これらを無理やり切断すると、継起が断ち切られた運動途中の和音が抽出されてしまうのである(この考えはベルクソン的な時間論だ。ゲシュタルトは空間を統合して認識するが、それの時間版である)。

確実にいえるよく分からない和音の例として、コラムの「和声法とその活用」で提示した合唱曲の7小節2拍目に[Des A E G]という構成音の和音があげられる。一見すると複合和音のようにも見えるが、この和音の正体をコードネームで表すとただのDmである。継起する旋律(和声)を捨象し、縦の響きのみを抽出したので、結果として難しい形になってしまったのである。和音の構成音を細かく凝視するよりも、旋律や響きの流れを鳥瞰的に概観すると、すっと理解できる場合がある。Blkにしても、作曲家はその卓越した感性にしたがって使っているだけであろう。しかし、Blkのようなポップスにとって新しい和音が出てくることは素晴らしいことである。作曲に自律性はあれど、(こうでなければならないという)必然性はないのだ。

2020-06-01


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