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金沢音楽制作

金沢音楽制作では、楽曲・楽譜の制作と、作曲や写譜などレッスンを行っています。


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74)アではなくヤである

先日、「サイゼリヤ2000円チャレンジ」をしてきた。「サイゼリヤ2000円チャレンジ」(以下、チャレンジ)とは、インターネット発祥の遊びで、サイゼリヤで食事をして、その会計が2000円以上であれば成功である、というものだ。そのルールとして、無理をして食べてはならず、また持ち帰ったり、値段を参照して注文してはならない、などがある。つまり、普段どおりのサイゼリヤを満喫することがその前提条件となっている。そして、後述するようにこのルールは2000円を目指すと同時に、2000円を目指させないことを要請する自己矛盾を孕んでいる。

では、結果を公表しよう。支払金額は、しめて598円であった。内約は、「ほうれん草のソテー」(199円)と「ほうれん草のグラタン」(399円)という健康的なものだ。かくして、チャレンジは失敗に終わったのである。だが、この2000円に遠く及ばなかった結果は、決して奇矯な振る舞いによるものではないことを付け加えておきたい。というのも、僕は前述したルールを遵守し、普段どおりの食事をしただけなのだから。

このチャレンジの特徴は、会計以前である食事中は支払金額がブラックボックスになっており、そこに参照することが許可されていない点にある。つまり、その成否のみならずチャレンジそのものは開始と共に隠蔽され、会計時の一点に集約されて再現するのである。ならば、これのどこに挑戦性があるというのだろうか。逆に、2000円以上を目指すことのほうがよほど奇矯な振る舞いであろう。結局のところ、支払代金という変数と、2000円という定数を対照させ 、変数が2000円以上であるかを確認するだけである。だとすれば、このチャレンジには単なる挑戦とは違う、別の何かが背後に潜んでいるはずである。

チャレンジの背後に潜んだ意義を好意的にとらえるならば、サイゼリヤで2000円以上使うのは難しい、という啓蒙であろうか。しかし、「普段どおり」という振る舞いをルールから要請されている以上、これはありえない。なぜなら、常識的な支払い金額より少しだけ高い金額を設定するだけで、成功が困難になることは自明であり、それは啓蒙ではなくただの無理難題であるからだ。また、もし別の飲食店であれば2000円以上使うのは容易である。すなわち、サイゼリヤは安価である、といいたいのであればなんとも貧弱な発想である。質的に異なるものを、量的でそれも同一の定数で比較することになんの意味もないことは明らかだからだ。

会計時にのみ成否が分かるこのチャレンジは、テレビのバラエティ番組で見かける、飲食店の料理の人気順位や金額を当てよう、という企画によく似ている。だが、一点だけ違うところをあげるなら、チャレンジには「報告」という要素が追加されている点だ。おそらく、この点がもっとも重要なのではないかと想定できる。つまり、チャレンジは他者にアピールする口実であり、同時にそれは失敗であった、という予定調和なエピソードを要求する。失敗という結果は、注目される要素であり、かつその免罪符なのである。いずれにせよ、この類のチャレンジは、普段からバラエティ番組を愛し楽しんでいる者だけが、その愉しみを享受できるのであろう。

さて、散々こき下ろしてきたが、得たものもある。それは、サイゼリ「ア」ではなく、サイゼリ「ヤ」である、と知ったことだ。

2019/06/23


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