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金沢音楽制作

金沢音楽制作では、楽曲・楽譜の制作と、作曲や写譜などレッスンを行っています。


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57)浮動的な語

当サイトのアクセス解析を見ると、「音楽テクストとコンテクスト」の閲覧数が地味に多いことが分かりました。関連語をGoogle検索で色々と試してみると、「音楽テクスト」でヒットします。この前提が正しいとすれば、閲覧者はピンポイントで検索して、リンクをクリックしているということになります(もちろん前提が偽の可能性もありますが)。

当該の記事(に限りませんが)を単なる読み物として享受するのであればよいのですが、もし、学生がレポート作成のために調べているのであればそれは問題です。というのも記事内で使われている「テクスト」という語は、僕が解釈・定義して使っている語であって、バルトや他の人が使っている「テクスト」の語とは用法や意味が異なっているからです(もちろん近い所はあるでしょう)。抽象的な語は使用者やその時期によって意味が大きく異なる浮動的なものなので注意が必要です。

最近知った語で、より浮動的だったものに「表象」があります。僕は「表象」を心の中で再現されたイメージ程度に考えていました。しかし、カントは違うようです。カントは三大批判の一つ『純粋理性批判』の中で「表象」を次の様に定義しています。まず表象を、「意識を伴わない表象」と「知覚」に区別します。すると次は、知覚を「感覚」と「認識」に区別する、そして更に認識を……といった具合で、表象を階梯的な入れ子で表現しています。カントによると、表象は心の中という状況に制限されず、知覚による感覚も「表象」だというのです。ということは、僕が考えている「表象」とカントの「表象」ではその射程が大きく違っているということです。

テクストや表象という語は今や一般的な気がします。しかし、その射程は不明瞭であり、使うのであれば一応の定義をしたほうがよいと思っています。それは浮動的であるのが悪い、という訳ではなく、そうであればそうと明記する程度のことです。なぜなら浮動的な語は内包(具体)にも外延(抽象)にも展開可能だからです。よくポストモダンの用語を多量に援用している人がいますが(いまだに)、自分でも何言ってるのかよく分かってないと思います。

2019/01/31


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