作曲・浄書・指導・音響

金沢音楽制作

金沢音楽制作では、楽曲・楽譜の制作と、作曲や写譜などレッスンを行っています。


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4)箏と琴の謎

箏(そう)と琴(こと)の違いはご存知でしょうか。一般的には、箏は柱(じ)と呼ばれる可動式のフレットが有るものを指しています。一方、琴は柱が無いもの指しています。従って、箏と琴は全く別の楽器なのです(弦の本数や奏法も異なります)。

前述の説明はよく目にするものです。確かに、一理あると思います。しかし、僕は納得がいっていません。まず、箏と琴ですが、どちらも訓読みは「こと」です。次に、柱の有無が分水嶺とされていますが、雅楽の国風歌舞で用いられる和琴には柱が有ります。そして、柱の正式名は琴柱(ことじ)です。揚げ足を取っている様にも見えますが、少なくとも、柱の有無が箏と琴とを区別する理由としては成立していないと考えています。琴にフォーカスを当て、少しだけその歴史を見てみましょう。

『日本書紀』には琴が登場する場面があります。神功皇后摂政前記(3〜4世紀)に、神功皇后(気長足姫)が自ら神主となり、武内宿禰に琴を弾かせています。『日本書紀』は奈良時代(8世紀)に書かれたもの(?)ですから、それが完全な事実かは不明です。その答えは遺跡からの出土品にありそうです。

岐阜県の古墳時代の服部遺跡から出土された琴を見てみましょう。この琴は厚さ1.5cmの薄板と、最大9cmになるくり抜いた板(共鳴板)で作られています。端部には弦を掛けたと思われる突起があり、琴柱も四柱が出土されています。古墳時代は3〜7世紀ですから、『日本書紀』の武内宿禰が琴を弾いた時期の3〜4世紀に被っており、かなり現実味があるのではないでしょうか。

次のサイトにて、全国の出土した琴情報が記載されていました。「古代の琴(こと)ーー正倉院の和琴(わごん)への飛躍 増田修」このサイトでは、琴に関して学術的に記されており、文献目録も充実しています。しかし、文献が殆ど論文な上に古いので入手は難しそうです。

さて、日本の琴は少なくとも古墳時代には、柱がありました。そして、柱がある和琴は雅楽の国風歌舞で用いられていることも述べました。実は箏も雅楽の唐楽にて「楽箏」(現在の箏と殆ど同じ構造)という呼称で用いられています。遣唐使以前の楽箏について調べれば、琴と箏の謎に迫れる様な気がしますが、今回は琴にも柱はあるということで終わりたいと思います。

2017/09/03


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